妊婦に対する血栓溶解療法

1.妊娠と脳卒中発症の関係

(1)妊娠の3期間

 第1三半期 (first trimester) :妊娠0週0日~13週6日 胎児形成に重要な時期

 第2三半期(second trimester):妊娠14週0日~27週6日

 第3三半期(third trimester):妊娠28週0日~

(2)妊娠における脳卒中発症率

100000件につき脳梗塞は4~11件(約0.01%)

脳梗塞 17/141243,脳出血 14/141243

相対危険度(RR)

妊娠中~産後6w 脳梗塞 1.6(1.0-2.7, 95%CI),脳出血 5.6(3.0-10.5, 95%CI)

妊娠中                 脳梗塞 0.7(0.3-1.6, 95%CI),脳出血 2.5(1.0-6.4, 95%CI)

産後6w                脳梗塞 5.4(2.9-10.0, 95%CI),脳出血 18.2(8.7-38.1, 95%CI)

 出産後           脳梗塞 8.7(4.6-16.7, 95%CI),脳出血 28.3(13.0-61.4, 95%CI)

 中絶後           脳梗塞 1.1(0.2-7.9, 95%CI),脳出血 4.5(0.6-33.1, 95%CI)

N engl J Med 335:768-774, 1996

妊娠中特に脳梗塞が増えるということはない.しかし産後は脳梗塞・出血ともに増える.

Stroke 31:2948-2951,2000

妊娠第1三半期と第3三半期は動脈性梗塞,出産後は静脈性梗塞が多い.

(3)妊婦の脳梗塞の原因

 子癇 37.3%,心疾患 25.5%,凝固異常症 7.8%,アテローム血栓性 2.0%

Stroke Res Treat 2011, doi:10.461/2011/606780

2.妊婦に対するrt-PA

(1)マニュアルによる記載

・静注血栓溶解(rt-PA)療法適正治療指針 第三版, 脳卒中 41(3):205-246,2019

 妊婦への投与について言及なし

・グルトパ 添付文書 (田辺三菱製薬ホームページ,製品添付文書参照)

「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること.動物実験(ウサギ)で高用量にて胚・胎児死亡が報告されていること及び本剤の線維素溶解作用からみて,早期胎盤剥離が起こる可能性が考えられる.」

・rt-PAは高分子量蛋白であるため,胎盤は通過せず,動物実験レベルでは問題ない.催奇形性もない.

J Thromb Thrombolysis 21:271-276,2006     ・・・元文献みつからず

(2)妊婦へのrt-PAの治療成績(n=9)

母体:転機良好 7例,出血性梗塞 1例,子宮内出血 1例,カテーテルによる動脈解離で死亡1例

 胎児:正常分娩 5例,予定帝王切開 1例,薬物的堕胎処置 2例,母体とともに死亡 1例

rt-PAによる最も母体へ注意しなければならない合併症は,子宮内出血に伴う早期胎盤剥離.

妊娠分娩と脳卒中 The Mt. Fuji Workshop on CVD vol. 31, 2013

3. 引用とまとめ

妊婦へのrt-PA投与は禁忌ではない.しかし器官形成期(特に4~7週)の使用は控えるべきであろう.妊娠36週以降であれば,児の早期娩出をはかる選択肢も考えられるがrt-PA投与後の10日以内の手術は不可.いずれにせよ治療効果(母体への有益性)と危険性(母体,胎児)を総合的に判断し,産科と緊密に連携し,

「母体優先の原則」に則り躊躇せずrt-PAを検討すべきである

妊娠分娩と脳卒中 The Mt. Fuji Workshop on CVD vol. 31, 2013

と、数年前に勉強会でまとめた内容では、症例数も少なくRCTも存在しない状況で、t-PAは胎盤通らないから打っていいんじゃないかってことを考えていましたが、、、このへんについて何か情報やご意見がある方はいらっしゃいますでしょうか?

 そもそも妊婦期間中は脳梗塞はRR 0.7と減る様で(上記)で、かありレアなのは間違いないのですが、、、レアだからこそ経験がなさ過ぎて焦る。また、妊娠適齢期の女性ってヒステリーであることも多く、ただでさえ妊娠中って精神的に不安定になるので、stroke mimicも多いのが問題。以前経験した症例で、20代前半女性の35週くらい?だかの妊婦で、片麻痺で搬送されて、結局MRI撮って異常がなくて、t-PA打たずに少し様子見たら数日で全快したって症例があったんですけど、最初はほんとにt-PA打とうか打たまいか迷いました。まぁ、MRAで血管がつまってたらDWI陰性でも打ったんでしょうが。産婦人科の先生はt-PA打って構わんて言ってくれてましたが。あの症例もstroke mimicだったんだろうなって思います。あと重症度でもだいぶ違いますよね。NIHSS 1-3点くらいの症例だったら打たなくていいかなーって思ったりしますが、10点以上とかだと打ちたくなりますよね。逆に重症すぎる(完全麻痺)とヒステリーとかなんじゃないかなって思ったり。

 あと今回は触れませんでしたが、血栓回収についてはどうなんだっていうね。血栓回収については造影剤が明らかに胎盤移行性があるとされているので、t-PAよりさらに慎重になるんじゃないかと思います。また放射線被ばくの問題まありますし。でもICA閉塞など巨大血栓がt-PAで溶けるかっていうと4%しか溶けないというデータもあったり、そうするとやっぱり血栓回収しなければお母さんmRS 4-5になっちゃうよっていう。

下記妊婦の右M1閉塞、NIHSS 13点に対して対してt-PA投与および血栓回収を行い、2日後に帝王切開で出産した報告があります。

田代亮介, Drip, ship, retrieve, and childbirth が成功した妊娠 37 週脳塞栓症の 1 例, 脳卒中, 38 巻 (2016) 5号

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jstroke/advpub/0/advpub_10394/_pdf/-char/ja

でも何かあった時問題にならないように、事前めっちゃ説明しないといけないのは当たり前ですが必要ですね。自分が当事者(患者側)だったとして、どう思うかな。。。決めきれないと思う。旦那の気持ちと妻の気持ちでも違うんだろうな。夫だったら「多分大丈夫だから妻を救ってくれ」ってなるんだろうけど、母親だったら「おなかの赤ちゃんが一番大事。そんな簡単に決めるな」って思うんじゃないかな。不妊治療の末できた子供とかだったらなおさら。

やっぱり難しいおはなしですね。

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